DEVELOP DON'T DESTROY BROOKLYNという都市再開発の見直しを求める運動が、NYダウンタウン・ブルックリンで起きている。Atlantic Yards Projectと呼ばれるこの計画は、約9ヘクタール(約2万7千坪)の広大な鉄道跡地に、53階建ての商業・住宅の複合施設を16棟建設するというもので、敷地内にはNBAのニュージャージー・ネッツの巨大なスタジアムも併設される。メジャー開発業者が着手に向けて動き出しており、設計はフランク・ゲリー。比較的低所得層が住むこの界隈を一挙にジェントリファイし、「ブルックリンをマンハッタン化」するこの計画に対し、いくつかの住民団体が組織され、専門家・アーティストなどを巻き込んだ反対運動が展開されている。訴訟も進行中だ。
*住民団体
Develop Don't Destroy Brooklyn:
http://dddb.net/No Land Grab:
http://www.nolandgrab.org/Brooklyn Speaks:
http://brooklynspeaks.com/ブルックリンのこの計画、規模は違えど、下北沢の再開発計画と構図はかなり似ている。鉄道跡地を種地としての再開発というのも同じだし、「ブルックリンのマンハッタン化 / 下北沢の新宿化」という計画の方向性も同じ。計画に税金が投入されるのも同じ。設計者は、向こうはフランク・ゲリーで、こちらは安藤忠雄という噂。
さらには住民運動の形態も似ている。署名運動から始まり、住民ワークショップをやって実現可能な代替案を作成、シンポジウム、デモ行進、音楽ライブ、Tシャツなどのグッズ販売、そして裁判闘争まで、基本的に同じことをやっている。微妙にスタンスの違う複数の団体が活動しているということまで同じだ。
遠く離れた地に友人をみつけたような不思議な気分もするが、おそらくNY/東京というメガ・シティにおける再開発という文脈が、この類似性を生み出しているのだろう。機会があれば、いちど彼の地を訪れてみたい。姉妹都市になるなんてのも面白いんじゃないだろうか。

ところで、ブルックリンの運動は「DEVELOP DON'T DESTROY」というメッセージを掲げている。発展させよ、壊すな――。このシンプルな言葉は、開発計画が「誰にとって」の「開発計画」であるかを鋭く告発している。彼ら(Developer)の「開発」は、我々にとっては「破壊」であり、我々が本当に望んでいる開発とは違う。それは、社会階層の移動が、多くの場合、エスニシティと不可分に結びつきながら、まさに空間的な「移動」を伴いながら、都市の風景を何重にも塗り替えてきたNYの歴史認識に深く根ざした言葉でもある。その地平において、都市再開発問題は、単に都市計画の問題ではなく、階層・エスニシティの問題すなわち、政治問題となるのである。
下北沢の運動の場合、「Save the 下北沢」というメッセージを掲げてきた。Save=まもる、救う。このネーミングの由来については後で述べるが、いま考えるべきは、このメッセージは「誰にとって」という主体をとくに問題にはしていないということである。いや、あえて、「誰にとって」を問題化しないようにしてきたというべきかもしれない。東京において、都市再開発問題が結びつきやすいのは「安全・安心」というリスクの問題や、「景観」の問題であり、「経済」あるいは「格差」の問題とは結びつきにくい。下北沢の運動が「誰にとって」という主体の問題をあまり語ってこなかったのには、そういう背景もあるが、やはりもっといえば、「誰にとって」を語ることは、街の一体化を壊すという認識から、自制が働いてきたのである。
とはいえ運動内において、「誰にとって」問題は、実はからかなり以前からはっきりと意識されてきた。「地権者」「大家」「店子」「お客」「住人」といったカテゴリーは常に意識されつつ、意識的に無視・無効化してきた部分が多いし、逆にそれぞれのカテゴリーをつなぐ回路を増やし、太くしていくような努力をすべきと考えてきた。「個別利害の話ではなく、街全体の問題なのだ」という問題設定は、それをよく現わしている。
そのような問題設定をしてきた理由には、下北沢の再開発計画が、国交省をトップとした行政主導の都市再開発であるという事情がある。猪瀬直樹の言うところの「道路の権力」が、下北沢を飲み込もうとしているときに、街のなかで内ゲバをしている場合ではないという情況判断である。
しかし、いくら「街全体の問題」であると語ったところで、「誰にとって」問題は根本的には解消されてこなかったし、これからもそれはことあるごとに頭をもたげてくるだろう。かといっていまのところ、この路線を捨ててよいとは思えない・・・。運動側にとっては、そんなつらさがある。
しばらく、この辺りのことを掘り下げて考えてみたい。
ちなみに「Save the 下北沢」という名前を決めた当時、僕は運動に関わっていなかったのだが、なるべくキャッチーな名前がよいだろうということで決められたと聞いている。「54号線に反対する市民の会」といった候補もあったらしいが、それでは広がらないと判断したそうだ。ちなみに英文法的にいえば地名にtheをつけるのは間違いだが、そこはあえて「この街」を強調する意味で、theをつけたらしい。そのほうが語呂がよいということもあったのだろう。
キャッチーな名前にしようという意図は、みごとに的中した。都市計画の問題は全国各地で起きているが、世間に対する下北沢のアピール力は抜群だった。もちろん地道な活動があってのことだが、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌はこぞって下北沢の問題を取り上げた。マスコミの関心は、再開発計画に向けられたと同時に、「Save the 下北沢」という運動に対しても向けられた。横文字の名前を冠した、何やら新しいセンスをもった「若者の運動」が出てきたらしいと捉えられた。
「若者の運動」というフレーミングが生み出した様々なことがらについてはまた今度書きたい。それと、「Save」という名前が背負い込む、ある種の保守性やノスタルジックなイメージについてもまた今度書きたい。
一昨日、新宿のNaked Loftで行われた
「高円寺 vs 下北沢」というイベントのことを書こうと思ったのに、ブルックリン/下北沢のことを書いてしまった。関係なくはない。高円寺/下北沢の対比から見えるのは、「誰にとって」問題とどう向き合うかということであるのだから。